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広島高等裁判所 昭和44年(う)30号 判決 1970年2月16日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用(解任前の国選弁護人福永綽夫に支給した分)は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人藤堂真二の控訴の趣意は記録編綴の控訴趣意書記載のとおりである(ただし、心神耗弱の主張は撤回)から、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

事実誤認の控訴趣意について

所論は、被告人らが窃取しようと企てた自動車は当時バッテリーの電池が切れていたためエンジンがかからず、このままでは動かすことができなかったのであるから、かような自動車に窃盗の目的で乗り込んだとしても、窃盗の実行に着手したことにはならないし、原判示のごとく被告人が針金に電気の配線を直結にしセルモーターを始動させてみても、右自動車は絶対に動かないのであるから不能犯にあたり、窃盗ないし同未遂の罪が成立せず、したがって、事後強盗罪も成立しない、というのである。

原審において取り調べた岡本忠広の検察官に対する供述調書によると、原判示やまてや株式会社所有の軽四輪貨物自動車は、同社従業員岡本忠広が、本件犯行の前日これを運転中エンジンが止まり、セルモーターを回してもエンジンがかからぬため、他の自動車によって曳行し、日ごろ駐車場所としている本件被害場所に置いていたもので、後日修理に出したところ故障の原因はバッテリーの電池が切れていたためであったことが認められ、本件犯行当時前記自動車は修理前の状態で運転不能であったことは所論指摘のとおりである。しかし、いわゆる不能犯とは犯罪行為の性質上結果発生の危険を絶対に不能ならしめるものをいうのであって(最高裁判所昭和二五年八月三一日判決、刑集四巻九号一五九三頁参照)、路上に駐車中の自動車は、故障などのような特段の事情がない限りは通常、被告人がしたように電気の配線を直結にする方法によって、エンジンキーを使わないでもその自動車のエンジンを始動させて運転しこれを盗み出すことが出来るものと認められるから、たまたま、窃取の目的とした特定の自動車が故障していたため、前記の手段によってはエンジンを始動させることが出来なかったとしても、その行為の性質上自動車盗取の結果発生の危険がある以上、不能犯ということはできない。本件において、被告人が、原判示のごとく、やまてや株式会社所有の自動車を窃取する目的をもって右自動車の運転席に乗り込み、ありあわせの針金を用いて電気の配線を直結にしたうえセルモーターを始動する等の行為に出た以上、窃盗の実行行為に着手したものというべく、前記故障のごとき偶然的事情の故に不能犯となるものではなく、この点の論旨は理由がない。

さらに所論は、事後強盗の構成要件である暴行脅迫は反抗抑圧の程度に達していなければならないところ、被害者である岸本巡査は、被告人および共犯者大津茂男が抵抗しても、これを逮捕しようとする意思を放棄せず、両名の抵抗を排除してついに逮捕したのであるから、被告人らの暴行脅迫は反抗抑圧の程度にいたらず、被告人らの行為は事後強盗罪を構成するものではない、というのである。

しかし、刑法二三八条にいわゆる暴行脅迫は、社会通念上一般に相手方の反抗を抑圧するに足りる程度のものであれば足り、具体的事案において現実に相手方の反抗を抑圧したかどうかを問わないと解すべきである。原判決挙示の証拠によれば、被告人および大津茂男は、原判示のごとく、岸本栄光の逮捕を免れるため、こもごも手拳で十数回も右岸本の顔面等を殴打し、さらに、立看板をもって殴りかかる等執拗な暴行を加え、その結果、同人に対し加療七日間を要する頭部顔面打撲傷等の傷害を負わせるほど暴行の程度が激しかったことが認められ、右暴行が一般に相手方の反抗を抑圧するに足りる程度のものであったことはいうまでもなく、前記岸本が犯人の逮捕を本来の職務とする警察官であり現実に逮捕行為を抑圧するに足りなかったとしても、前記法条にいう暴行と認めて差し支えない。論旨は理由がない。

量刑不当の控訴趣意について

所論は原判決の量刑が重きに失し不当であるというのであるが、記録および証拠によって認められる本件犯行の動機、態様、罪質等諸般の情状を調査して原判決の量刑の当否について考察するに、原判決は被告人の強盗致傷行為が自動車を窃取しようとしたところを発見され逃げたい一心で暴力をふるい思わざる結果を招いた偶発的犯行であること、ならびに、年令も二〇才になったばかりで改悛の情が顕著である等の情状を参酌のうえ酌量減軽をし被告人に対し最下限の刑に近い懲役四年の刑を科したのであって、さらに右刑期を減ずべき事由も認められず、原判決の量刑はやむを得ないものとして是認するほかはない。この点の論旨も理由がない。

よって、刑訴法三九六条、一八一条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋英明 裁判官 浅野芳朗 丸山明)

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